東京冒険紀行

東京に的を絞った冒険記。失われつつある追憶の風景・ワンダフルな建築物・愛しの公園キャラ・物語る廃墟・入りにくいけどイイ店・御馬鹿スポットから知られざるディープスポットまで...街で見つけた素晴らしいもの面白いものを独自の視点で紹介!!!

 
Category: 23区 > 足立区  

槍かけ松と解剖人墓 「清亮寺」

清亮寺1
足立区日ノ出町にある「清亮寺」。

清亮寺3
開山は1619年(元和5年)、1833年(天保4年)に再建された。
特に何の変哲も無い寺だが、今回紹介するのは珍しいものがあったからである。

清亮寺2
かつては山門のすぐ近くに立派な松があった。水戸光圀公が休息の折に槍を立掛けたということから「槍かけの松」と呼ばれた。
枯れてしまい現在は写真でしか見られない。この松見たかったなぁ、残念。

清亮寺4
珍しいのはこちら。墓地の入口あたりにある「解剖人墓」。
1769年(明和6年)に近くにあった小塚原の刑場で処刑された、罪人11人の遺体がここで腑分け(解剖)されたのだ。杉田玄白らによって、「解体新書」が著された99年後だそうだ。

清亮寺5
解剖された囚人11名の戒名や年齢等が刻まれ、解剖人墓として供養している。
囚人とはいえ、日本医学・文明発展のために解剖されたわけだ。合掌...。
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Comment
(>_<)気分が・・・。 
日本医学・文明発展のための解剖&実験と言えば、森村誠一「悪魔の飽食」を思い出します。

あのての本は、もう二度と読めません。
読んだことありますか?

Re: (>_<)気分が・・・。 
森村誠一「悪魔の飽食」、知らないです。怖そうですなぁ。
タイトルの重々しさも何とも言えねぇすなぁ。そういえばミステリーとかホラーは久しく読んでないです。
おー 
こんなお寺があったのですね。
杉田玄白が腑分けしたのは、南千住の回向院の分院に
記念碑がありましたが、その腑分けされた人たちのお墓が
あるのですねえ。
結構びっくりです。
槍かけの松見てみたかったですねえ。
写真で見ると凄い迫力、
あの北千住の「やりかけだんご」屋さんは
そのお話から来ている店名なのですね。
まだ行ってなくて、こんど行きたくなりました。
おばんです、kshun10さん、またお邪魔します。
Re: おー 
kozoh55さん。
南千住の回向院の分院に記念碑ありましたね。首切り地蔵も。
やりかけだんごもおそらくそれ繋がりですね。
北千住は相変わらず見どころが多いです。近々特集しようと思ってますよ。

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