東京冒険紀行

東京に的を絞った冒険記。失われつつある追憶の風景・ワンダフルな建築物・愛しの公園キャラ・物語る廃墟・入りにくいけどイイ店・御馬鹿スポットから知られざるディープスポットまで...街で見つけた素晴らしいもの面白いものを独自の視点で紹介!!!

 
Category: 23区 > 千代田区  

明治の栄華の薫る駅 「万世橋駅跡」

万世橋から赤煉瓦造りの立派な建築物が見える。かつてあった万世橋駅の跡だ。

万世橋駅跡01
神田駅と御茶ノ水駅との間にあった豪華な駅。
東京駅を設計した辰野金吾の設計による赤煉瓦造りで、一等・二等待合室、食堂、バー、会議室等を備えていた。

万世橋駅跡02
江戸時代から繁栄していた万世橋地区を目指し、当時立川から新宿までだった私鉄の甲武鉄道が鉄道を延伸した。1912年(明治45年)に万世橋駅の営業を開始。中央本線のターミナルとして活躍。初代駅舎は赤レンガの高層建築の豪華なものだった。
しかし、東京駅が完成し、中央本線の起終点としての役目が終わると、徒歩で行ける距離に神田駅及び秋葉原駅が出来た為、乗降客は減少。東京駅から鉄道博物館が移転され、1943年(昭和18年)に駅は休止(実質上廃止)となり、駅舎は交通博物館部分を除いて取り壊された。

万世橋駅跡03
しかし、さすが元中央本線のターミナル駅。周りを歩くと、立派な煉瓦造りが残っていて所々装飾も残っている。

万世橋駅跡04
高架への梯子が残っている。おそらく作業員や駅員の使っていたものだ。

万世橋駅跡05
となると、その横にあるこれは一体?従業員用の連絡板でもあったのかな?西洋風のデザインが気になる。

万世橋駅跡06
万世橋からは、かつての駅の一部と思われる地下への階段が見える。

万世橋駅跡07
こちらがもう一方の公衆便所の下。地下通路だったのか。それとも地下街でもあったのかな?

万世橋駅跡08
階段へは施錠され入れないようになっている。

万世橋駅跡09
こちらは上から見た「万世橋駅跡」。

万世橋駅跡10
これがかつてのホームだったと思われる。まだしっかり残されているのだ。

関東大震災の際は駅舎が焼失、遺体安置所として利用されていたという万世橋駅。

ここで、興味を持った、または持ち続けていた人に朗報!
JR東日本は2013年夏高架下のアーチ内部に遺構と一体化した商業施設を展開し、階段遺構やホームといった駅舎跡も公開。ホーム部には展望カフェや屋外デッキも整備する予定だという。開業は2013年夏の予定。東京駅・丸の内駅舎も復活を遂げたしね。小綺麗になってしまうけど、ただ解体されるよかずっといい。
しかし、逆に言えば再開発前の明治時代の歴史的な遺構を見るチャンスは残りわずか!
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Comment
 
神田で生まれ育ったので、この付近で25年前くらいに遊んでました。写真の施錠されている所は川沿の塀に通じているだけで階段下には通じてません。

あそこに行くには公衆トイレの床に隠されたマンホールのような蓋が有り、それを開けると梯子を降りると橋から見える階段に行けます。

そして窓がある部屋ですが…

何も無い真っ白な壁の30畳くらいの部屋でした。

地下にも通じていません。

子供ながらに一体何の為の部屋なのか不気味でした…

もし調べて分かるようなら教えて頂きたいです。

反対の秋葉原側の部屋は物置みたいになってて、こちらも地下には通じていなかったはずです。

万世橋駅の階段は現在のEDIONと、LAOXの間あたりの歩道にあります。

現在でもあるのではないでしょうか。


Re: タイトルなし 
情報ありがとうございます!特ダネですね!
マンホールのような蓋を開けて降りていくわけですか。なるほどなるほど。
万世橋駅が商業施設として再現される際に、ここも再利用されるかもと思っていたのですが、そんな事もなかったですね。
今後はどうなっていくんでしょうかね。テレビ取材なんかじゃないと、一般庶民はなかなか入れてくれなそうですね。

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