東京冒険紀行

東京に的を絞った冒険記。失われつつある追憶の風景・ワンダフルな建築物・愛しの公園キャラ・物語る廃墟・入りにくいけどイイ店・御馬鹿スポットから知られざるディープスポットまで...街で見つけた素晴らしいもの面白いものを独自の視点で紹介!!!

 
Category: 23区 > 荒川区  

煉瓦塀しか残ってないが 「千住製絨所跡」

南千住駅から徒歩5分ほど。かつて付近一帯に官営の「千住製絨所」があった。

1879年(明治12年)に創業の羊毛工場で、敷地面積8300余坪・建坪1769坪という広大なものだった。
殖産興業、富国強兵政策の一環として、軍服用絨の本格的な国産化のため設けられた施設。
1945年(昭和20年)敗戦により一切の操業を停止し、その後の1960年(昭和35年)に操業停止となり閉鎖、製絨所は80余年の歴史に幕を閉じた。

千住製絨所跡1
現在も明治期に建てられた煉瓦塀の一部が残っていると聞き、やってきた。

千住製絨所跡2
こちらは「ライフ南千住店」沿いの東側の塀。建設年代は明治44年~大正3年と推定。

千住製絨所跡3
塀を裏側から。バットレス(控え壁)で補強されている。

千住製絨所跡4
案内板にあった正門の写真。今話題の「富岡製糸場」にも似た立派な佇まい。

調べたところ、近年まで煉瓦塀の多くは残っていたが、「荒川工業高校」の改築ならびに、「サッポロビール物流センター」移転とその跡地への「ライフ南千住店」建設に伴い、2000年代に大規模に撤去されたそうだ。

千住製絨所跡5
ちょっと離れた「荒川工業高校」沿いにも、西側の塀と思われる煉瓦塀を発見した。

千住製絨所跡6
黒い金具の部分はひび割れを補強するボルトだそうで、こちら側は補修跡が多い。

煉瓦塀しか残っていないので絵的には地味だけど、「富岡製糸場」の世界遺産登録の時流に乗る意味で。
製絨所跡地の一部は、1962年(昭和37年)にプロ野球球団・大毎オリオンズの本拠地野球場・東京スタジアムが建設された。常磐線の車窓から華やかなナイターの照明が煌々と見えたことから「光の球場」といわれていたという。その後施設は撤去され、現在はスポーツセンターや警察署になっている。
南千住に工業と商業の発展をもたらした千住製絨所。この煉瓦塀は往時を偲ばせる数少ない建造物である。
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