東京冒険紀行

東京に的を絞った冒険記。失われつつある追憶の風景・ワンダフルな建築物・愛しの公園キャラ・物語る廃墟・入りにくいけどイイ店・御馬鹿スポットから知られざるディープスポットまで...街で見つけた素晴らしいもの面白いものを独自の視点で紹介!!!

 
Category: 23区 > 墨田区  

和なのに洋?いや、妖! 「東京都慰霊堂」

東京都慰霊堂01
横網町公園」内にある慰霊施設、「東京都慰霊堂」。
関東大震災による遭難死者約58000人の遺骨を納める納骨堂(三重塔)や慰霊堂が建てられ、1930年(昭和5年)に完成。

東京都慰霊堂02
本堂は、個人的に大好きな伊東忠太センセイの設計。
壮大な本堂だが、唐破風は前方に飛び出している豪快な造り。

東京都慰霊堂03
背後に塔のようなものが見える。

東京都慰霊堂04
回ってみると、実際に堅牢な三重塔があった。

東京都慰霊堂05
屋根にはユーモラスな鳥の妖怪が随所に見られる。

東京都慰霊堂06
また、本堂と三重塔は石垣で一体となっている。

東京都慰霊堂07
狛犬は伊東忠太にしては比較的フツー。
ちなみに「築地本願寺」では羽の生えた獅子だった。

東京都慰霊堂08
こちらは内部。

東京都慰霊堂09
唐破風や禅宗寺院に見られる佇まいを見せながら、空間は天井が高く教会風にも感じる。

東京都慰霊堂10
内部には、建築当時の鳥妖怪の飾りが展示されている。

伊東忠太にしては純和風の造りに感じる。これは建設に当たって神道界や仏教界から寄付を募ったため、和風に設計するしかなかったためといわれている。
しかし、さすがは妖怪好きの建築家・伊東忠太の代表作。よくある寺院建築とは一線を画す、豪快かつユニークな建築物である。
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多くの犠牲の慰霊の地 「横網町公園」

東京都慰霊堂や復興記念館があるところとして知られている墨田区横網の「横網町公園」。
両国にあるから横綱(よこづな)町と間違われる事が多いが、横網(よこあみ)町が正解。

横網町公園01
この公園はかつて陸軍被服廠があった場所。
その後、陸軍施設の移転に伴い公園として整備される事が決まったが、工事の最中に関東大震災が発生。造成中の公園を絶好の避難場所とみなして多くの人々が非難してきたが、そこへ火災による熱風が襲った。さらに避難の際に持ち出した家財道具に火が移り大火となって人々を飲み込んでいった。結果、横網町公園に避難した人だけで3万8000人が犠牲になったという。震災後、3万8000人の遺体はこの場で火葬された。
また、その後の東京大空襲の犠牲者も埋葬されている。
この公園は遊具などあり「公園」とは言うものの、関東大震災と第二次世界大戦のメモリアルパークである。

横網町公園02
メインの「東京都慰霊堂」は次回にして、今回はそれ以外の公園の見どころから。
まずこちら「東京都復興記念館」。東京都慰霊堂の付帯施設として1930年(昭和6年)に建てられた。

横網町公園03
建物は設立当時のもの。
装飾の妖怪に、かなりダメージが見られる。

横網町公園04

横網町公園05
屋外には関東大震災で被災した物を展示している。
爆風や熱波で変形し鉄屑と化したこれらを見ると、想像もできなかった当時の恐怖を少しはリアルに感じる事ができる。

横網町公園06
こちらは「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」。
大震災の朝鮮人犠牲者の碑かと思いきや、関東大震災の際に「朝鮮系の住民が震災に乗じて略奪や襲撃を起こしている」という情報が流れ、一部の朝鮮人(朝鮮人と間違えられた日本人も含む)が混乱下の避難民により殺害された、その犠牲者の碑。

横網町公園07
6000人あまりの朝鮮人が殺害されたと記されているが、これについては今となっては実態把握が困難で、誇張されている話もあるそうで。...難儀である。

横網町公園08
こちらは2001年に完成した「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」。
斜面を覆う花は生命を象徴し、碑の内部には東京大空襲で犠牲になった人々の名が記録されているそう。

横網町公園09
子供達が並ぶ「震災遭難児童弔魂群像」。

横網町公園10
関東大震災で被災し犠牲となった児童らを弔うために作られた像。
1944年に完成したが、戦争により撤収され、現在のは1961年に作製されたもの。

さて次回は、公園の本丸、「東京都慰霊堂」をお届け。
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つまりはこれこそ純喫茶 「季節の生ジュースとくるみパンの店 カド」

今回は向島にある純喫茶。
レトロな雰囲気と独特の世界観は、我々が純喫茶に期待するものを全て備えた純喫茶の名店を紹介。

カド01
こちら「季節の生ジュースとくるみパンの店 カド」。
創業は1958年。色褪せているものの看板は派手めで、創業当時は料亭遊びの客が時間待ちなどに利用することも多かったそう。

カド02
魔法の鏡のような装飾の看板は、手作り感満点で何とも味がある。

カド03
そして圧巻は店内!
この過剰なまでのレトロゴージャス感は、素晴らしいの一言。

カド04
TDLのホーンテッドマンションを思い起こす人も多いんじゃないかな。
見方によってはホラーにも見える不気味さを醸し出し(これ、褒めてます)、空間全体がしっかり別世界になっている。
これ、純喫茶には非常に大事だと思うのだ。

カド05
設計は文豪・志賀直哉の弟、志賀直三だそう。
先代より「ロンドンのパブのような華やかな店にしてほしい」と依頼したという。

カド06
店内に溢れる装飾は、志賀直三が講師を務めていた東京藝大の学生たちが造った。
一つ一つの花も、もちろん手描きである。

カド07
漆黒の天使が並び、和のテイストも加味された独特の装飾。

カド08
数あるメニューの中でも、こちらの名物は「活性生ジュース」。
“医食同源 漢方的配合の活性生ジュース”と経年で黄ばんだ紙に書かれている。

カド09
蜂蜜・アロエ・セロリ・リンゴ等7種の素材を使ったミックスジュースは体に染み渡る。

カド10
かつて向島は数百の料亭が軒を連ねる花街だった。
粋なオトナが遊んでいた昭和30年代の空気が宿る喫茶カドは、つまり“これこそ純喫茶!”な名店なのである。
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東墨田の皮革産業 「八広駅周辺」

今回の冒険は八広駅の南東側に広がる東墨田を中心に。そのほぼ全域が工業地域である。

八広駅周辺01
八広駅の周辺は京成線に共通して見られるような下町。そこから川沿いに東墨田へと向かう。

八広駅周辺02
東墨田エリアに入ると、中小の町工場が集中する工業地帯が現れる。
明治から昭和にかけて墨田区内には屠畜場があり、そこから発生する皮革を扱う産業が発達。中でも豚革の加工が盛んであり、東京都による統計では日本全国の豚革加工事業所55軒のうち34軒が東京都内に所在し、東墨田地区はその中枢である。
こちらは地域内にある「都立皮革技術センター」。

八広駅周辺03
江戸時代には斃死した牛馬の解体や刑吏などの職に携わる人々が暮らしていた当地。
明治時代には鞣し業が集中していた浅草亀岡町や新谷町の部落が臭気問題で当地に移転し、1881年には神田橋本町の非人系部落が火災により当地に移転、鞣し業が一層栄える事になる。

八広駅周辺04

八広駅周辺05
町のいたるところに「ここは特別工業地域です。多少の騒音や煤煙・臭気はご承知下さい。 油脂・皮革関連企業協議会」と書かれた看板がある。

八広駅周辺06

八広駅周辺07
皮革工場の屋上には、鞣した皮を干すための小屋が設置されている。

八広駅周辺08
工場が並ぶ通りの路面は黒光りした箇所が多く妙にベタ付くのだが、これは道路にまで染み出した油脂と思われる。地域内には皮革産業のみならず、豚脂など動物性油脂を扱う業者も多く、これを原料とした石鹸産業も発展しているのだ。

八広駅周辺09
廃工場や跡地と思われる更地も散見。

八広駅周辺10
公園で寛ぎ中の野良猫たち。のどかな風景に見えるが、弱っている子猫などは周辺に多く飛び回っているカラスの餌食になることも。したがって動物や鳥の死骸を見る事も少なくない。
動物達がここで暮らしていく環境は、苛酷だ。

都内最大の皮革工業地帯・東墨田には当然観光で訪れる人もいない為、明らかに労働者でない我々のような人間が歩いていると異質な目で見られる事になる。とりわけ昔から偏見・差別の対象になっている皮革産業なので、なおの事。
しかし日常我々のような庶民も含め、どれだけ皮革製品や動物性油脂が生活に密着したものであるかを考えると必要不可欠な産業であり、革製品や油脂を使った製品等があるのも彼らのおかげである事を忘れてはならない。
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古い街並保存のヒント 「文花」

墨田区にある、あまり知られていない地名「文花」。“ぶんか”と読む。
地理的には墨田区の中央部に位置し、西には「東京スカイツリー」のある押上、北西は下町の風情溢れる「京島」があるが、文花自体にランドマーク的なものは無く、スカイツリーもちょっと離れているためメディアにもほとんど登場しない。

文花01
そんな知名度の低い「文花」だが、意外にも人気スポットが複数ある。
まずはこちら十間橋。東京スカイツリーが綺麗に写真に収まる人気撮影スポット。この日は残念ながらスカイツリーが水面に映る“逆さツリー”状態ではなかった。

文花02
こちらは、うわっと。
凄いビジュアルに違った目で注目しまうが、実は「スパイス・カフェ」という超人気店。
日曜だったこの日も、予約無しでは入れやしまへん。

文花03
古い木造アパートを自ら改装したという、カレーとアートの空間。
いい意味で小綺麗にされていないので、雰囲気があり周辺とも遊離してなくて面白い。

文花04
となると、この絡まったツタもあえての事だろう。
ただ、こんなビジュアルの本物の廃墟もこの界隈には実際にありそうだからね。

文花05
続いてこちらは「長屋茶房 天真庵」。石臼挽き手打ち蕎麦と自家焙煎コーヒーが看板メニュー。
築70年の木造長屋を改装した風情ある店。

文花06
雑誌にも何度が取り上げられたこちら。装飾や年季は本物で、店内は居酒屋から譲り受けたという檜のカウンターで雰囲気満点の食事ができる。
この日はここで昼飯食ったが、残念ながら店内は撮影禁止。ただ店の人は感じ良くて色々話が聞ける。

文花07
さて、腹もふくれたところで“本来の文花”を見て回ろう。
本来は、古い商家や家屋に土着する住民がほとんど。路地は車が入れないような細い道も多い。

文花08

文花09
年季の入った壁や塀には、政党ポスターがベッタベタ。下町臭たっぷりだ。

文花10
交差点にあった大衆酒場。
営業しているのかは知らないけど、おそらくこの看板、元々は白地に黒い文字と思われる。色がほとんど反転しちゃって、ネガフィルム状態になっている。

文花を歩いて思ったのは、「スパイス・カフェ」や「長屋茶房 天真庵」のような古い建物を活かした店をもっと推していったらどうだろって事。せっかく雰囲気を持った建物が多くありながら、当面は住民がいなくなったら解体される運命にあるんだろうから。
古い街並を保存していくという難しいテーマの、こりゃ一つのモデルケースになり得るんじゃないかな。

05-2017
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